「痛み」が教えてくれた本当の優しさ。老いた両親や身近な人に、今私たちができること

気づきと学び

体からの「ちょっと待った」コール

「いたた…!」
朝、顔を洗おうとして前かがみになった瞬間、背中に走る鋭い痛み。
無理な体勢をとったわけでもないのに、急に首が回らなくなったり、背中が悲鳴を上げたりすること、ありませんか?

当たり前のように動いていた体が、突然言うことを聞いてくれなくなる。
そんな時、私たちは初めて、普段の生活がいかに「健康であること」を前提に作られているかを思い知らされます。

実はここ数日、私も背中を痛めてしまい、ロボットのような動きで過ごしていました。
でも、この不自由な時間が、普段は見落としていた大切なことに気づかせてくれたんです。

今日は、そんな体の痛みが教えてくれた「優しさ」のヒントについて、少しお話しさせてください。

首が回らなくなって見えた、両親の背中

きっかけは、本当に些細なことでした。
数日前、ちょっとした拍子に背中を痛めてしまい、首を横に向けることすらままならない状態になってしまったのです。

生活は一変しました。
床に落ちたペンを拾うのが、こんなに大仕事だなんて。
高いところにある食器を取るのが、これほど怖いなんて。
後ろから名前を呼ばれて振り返るだけで、冷や汗が出る。

普段なら無意識でできていた動作の一つひとつに、ブレーキがかかる感覚。
「不便だなあ」とため息をつきながら、ふと私の頭に浮かんだのは、離れて暮らす両親の顔でした。

私の両親も年を重ね、最近は「膝が痛い」「目が霞んで文字が読みにくい」とこぼすことが増えていました。
これまで私は、その言葉を頭では理解していても、本当の意味では分かっていなかったのかもしれません。

「お母さん、歩くの遅くなったな」なんて、心の中で急かしてしまったことはなかっただろうか。
「お父さん、何度も同じことを聞かないでよ」と、イラっとしてしまったことはなかっただろうか。

自分が自由を失って初めて、両親が抱えている「日常のハードル」の高さに気づかされたのです。
彼らは毎日、この動きにくさや不安と隣り合わせで生活しているのかもしれない。
そう思った瞬間、申し訳なさと、胸がギュッと締め付けられるような感覚が押し寄せてきました。

想像力の欠片(かけら)を拾い集める

私たちは、自分が経験していないことを想像するのが、どうしても苦手です。
「痛い」と言われても、「大変だね」と答えることはできますが、その痛みがどれほど生活の質を落とすかまでは、なかなかイメージできません。

でも、今回のように自分が「当事者」になることで、今まで見えていなかった景色が一気に見えてくることがあります。
街ですれ違う、杖をついた方。
階段の手すりを必死に掴んでいるお年寄り。

これまでは「大変そうだな」と通り過ぎていた光景が、「手助けが必要かもしれない」という自分事として迫ってくる。
痛みは辛いものですが、それは私たちに「他者の痛み」を想像するためのレンズを授けてくれる、ある種のギフトなのかもしれません。

「優しさ」とは、相手を哀れむことではなく、「もしかしたら、こんなことに困っているかもしれない」と想像力を働かせること。
自分の痛みをきっかけに、身近な人への解像度が上がったなら、それはとても意味のあることではないでしょうか。

想像を行動に変える「小さな親切」3ステップ

気づいたのなら、次は行動です。
とはいえ、いきなり大袈裟なことをする必要はありません。
痛みを知った今の私たちだからこそできる、身近な人への寄り添い方を3つ提案しますね。

ステップ1:「大丈夫?」の前に「観察」してみるのは、いかがでしょう?


両親や身近な年配の方と会うとき、まずはじっくり観察してみてください。
「立ち上がるときに何かに捕まっているかな?」
「小さな文字を読むとき、眉間にシワが寄っていないかな?」
言葉に出さない「不便のサイン」を見つけること。それが、本当の気遣いの第一歩です。

ステップ2:「何か手伝おうか?」より「これ、やっておくね」と言ってみるのは、いかがでしょう?


遠慮がちな世代の方は、「手伝おうか?」と聞かれると、つい「大丈夫よ」と答えてしまいがちです。
観察して気づいたことがあれば、許可を得る前に「重いから私が持つね」「高いところの電球、今のうちに替えておくね」と、サラッと行動に移してみませんか?
相手に気を使わせない先回りの行動は、きっと心に沁みるはずです。

ステップ3:自分自身の体も、もっと労わってみるのは、いかがでしょう?


誰かに優しくするためには、まず自分自身が元気でなければいけません。
今回の私のように、自分が痛みを抱えていると、心に余裕がなくなり、周りを見る目も曇ってしまいます。
「無理をしない」「早めに休む」。
自分の体を大切にすることは、結果として、大切な誰かを支えるための準備運動になります。痛みを知る人は、きっと誰よりも優しくなれる

背中の痛みはまだ少し残っていますが、この痛みのおかげで、次回の帰省が少し楽しみになりました。
今までよりもっと優しい気持ちで、両親の手を引いてあげられる気がするからです。

もし今、あなたが何かしらの不調を感じているなら、それは「誰かの痛みに寄り添うチャンス」かもしれません。
その経験を、身近な人への小さな愛に変えていきませんか?

まずは今日、大切な人の顔を思い浮かべながら、自分の体もゆっくり温めてあげてくださいね。

 

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