大人になると「素直さ」が減っていく?
年齢を重ね、経験を積んでいくことは、とても素晴らしいことです。
知識が増え、判断力がつき、自信を持って行動できるようになります。
でも、その一方で、少しずつ失われていくものがあるような気がしませんか?
それは、「誰かの言葉を、真っ白な心で受け止める素直さ」です。
「それは知っているよ」
「自分の方が経験があるから」
そんなプライドが邪魔をして、人の話を心から聞けなくなってしまう。特に、相手が自分より年下だったり、部下や子供だったりすると、なおさらです。
先日、私は高校生の息子の行動を見て、そんな自分の「凝り固まった心」に気づかされ、ハッとさせられる出来事がありました。今日は、その気づきをあなたとシェアしたいと思います。
見たことのない息子の姿
それは、長男が高校に上がってすぐの頃でした。
中学時代にお世話になった野球部の顧問の先生が異動することになり、長男と二人で挨拶に行った時のことです。
当時、長男はバッティングの調子が良くなく、スランプに悩んでいました。そこで、挨拶のついでに、先生に技術的な相談をしてみることにしたのです。
先生は、熱心にアドバイスをくださいました。
私はその横で、なんとなくその様子を眺めていたのですが、ふと息子の顔を見て、驚きました。
そこには、家では見たことのない息子の姿があったからです。
普段の彼は、親の私が何か言っても「はいはい」と聞き流すような、ごく普通の高校生です。
しかし、その時の彼は、先生の言葉を一言も漏らすまいとするかのように、真剣な眼差しで聞き入り、ハキハキと「はい!」「ありがとうございます!」と、とても良い返事をしていたのです。
「上手くなりたい」という純粋な心
その息子の姿は、親バカかもしれませんが、とても輝いて見えました。
そして同時に、私は自分の胸に、小さな痛みを感じました。
「私は最近、こんな風に目を輝かせて、誰かの話を聞いただろうか?」
息子を突き動かしていたのは、「もっとバッティングが上手くなりたい」「現状を変えたい」という、純粋でひたむきな向上心です。そこには、変なプライドや、「年下に頭を下げるなんて」といった雑念は一切ありません。
ただ純粋に学ぶ姿勢があるだけです。
私は、アドバイスを受けている息子の姿を見ながら、彼から「バッティングの技術」ではなく、もっと大切な「人としての在り方」を教わったような気がしました。
年齢は関係ない。すべての人が「先生」になる
この出来事を通して、私は「年少者からも学ぶことはたくさんある」と痛感しました。
職場においても、同じことが言えるのではないでしょうか。
新入社員の柔軟な発想、若手社員のITスキル、あるいは失敗を恐れずに飛び込む勇気。
「自分の方が長く生きているから偉い」という思い込みを捨てて、フラットな目線で周りを見てみれば、そこには学ぶべき「先生」がたくさんいるのです。
初心を取り戻すために、こんなことを試してみるのはどうでしょうか
専門家ではない私なりに、いつまでも素直な気持ちを持ち続けるための、小さな習慣を考えてみました。
ステップ1:年下の人にも「教えて」と言ってみるのは、いかがでしょう分からないことや、相手が得意な分野については、たとえ相手が後輩や子供であっても、「これ、どうやるの?教えてもらえる?」と素直に聞いてみる。その一言が、自分のプライドの殻を破り、新しい知識と信頼関係を運んできてくれます。
ステップ2:相手の目を見て、相槌を打ってみるのは、いかがでしょうあの時の息子のように、相手が誰であれ、話を聞く時は体を向け、目を見て、「なるほど」「そうなんですね」と丁寧に反応する。形から入ることで、心も自然と「聞くモード」に整っていくのかもしれません。
ステップ3:「すごいね」「ありがとう」を口癖にするのは、いかがでしょう年齢に関係なく、相手の素晴らしいところは「すごいね」と認め、何かをしてもらったら「ありがとう」と伝える。このシンプルな敬意を持つことが、心を柔らかく保つ一番の秘訣ではないでしょうか。
まとめ:いつまでも、成長できる人でありたい
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。
本当に成長している人ほど、謙虚で、誰からでも学ぼうとする姿勢を持っているものです。
私も、あの日の息子の真剣な眼差しを忘れずに。
いくつになっても、「まだまだ知らないことがある」というワクワク感を持ちながら、素直な心で日々を過ごしていきたいと思います。



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