誰も見ていない時の自分が好きになれない?完璧を目指さず「信頼」を育む、裏表の少ない生き方

気づきと学び

こんにちは。「こころのコンパス」へようこそ。 専属編集者の私と、シロクマの「こころ」が、あなたの今日にそっと寄り添います。

ふと鏡を見た時や、一人の時間に、自分の「裏の顔」に嫌気がさしてしまうことはありませんか? 今日は、誰も見ていない時の自分が好きになれない?完璧を目指さず「信頼」を育む、裏表の少ない生き方について、少しだけ視界が明るくなるお話を届けさせてください。


玄関のドアを閉めた瞬間、ため息をついていませんか?

「あー、疲れた……」

家の玄関ドアを閉めた瞬間、外行きの笑顔がスッと消えて、どっと疲れが押し寄せてくる。 誰も見ていないリビングで、だらしない格好でくつろいだり、つい「あの人、本当にもう!」なんて愚痴をこぼしてしまったり。

そんな「裏の自分」に気づいて、ふと自己嫌悪に陥ること、ありませんか?

「私って、外ではいい顔してるけど、本当は性格悪いのかも……」 「こんな姿、職場の人には絶対に見せられないな」

私たちは、社会の中で生きるために、無意識のうちにいろんな「仮面」をつけて頑張っています。だから、その反動で裏の顔が出てしまうのは、ある意味で当たり前のことなんですよね。

今日は、そんな自分の中にある「光と影」について、少しお茶でも飲みながら、ゆっくり考えてみませんか? 完璧な人になろうとしなくて大丈夫。ただ、もう少しだけ自分のことが好きになれる、そんな心の整え方があるんです。


二宮金次郎にはなれないけれど

実は私も、典型的な「内弁慶」タイプでした。 外では「真面目だね」「いつも穏やかだね」なんて言われることが多いのですが、一歩家に入れば別人です。

誰も見ていないのをいいことに、掃除をサボってダラダラしたり、テレビに向かって文句を言ったり。 ある時、歴史上の偉人である二宮尊徳(二宮金次郎)の話を目にする機会がありました。 薪を背負いながら本を読み、勤勉と倹約に励んだ、あの有名な方です。

「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」 (出典:二宮尊徳 述『報徳記』より)

彼のような、いついかなる時も誠実で、努力を怠らない生き方。「素晴らしいな」と思うと同時に、正直に言えば「私には到底無理だ」と白旗を揚げたくなりました。 「あんな風に、裏表なく立派になれたらいいけれど、私には弱い部分もズルい部分もたくさんある」と、開き直っていた時期もありました。

でも、ある出来事をきっかけに、考えが変わったのです。

以前、とても愛想が良くて評判だった知人が、誰も見ていない(と思っていた)場所で、店員さんにひどく横柄な態度を取っているのを偶然見かけてしまったんです。 その瞬間、私の中でその人への信頼が、音を立てて崩れていくのを感じました。

「あ、これだ」と思いました。 二宮尊徳のような完璧な聖人になる必要はないけれど、この「表と裏のギャップ」があまりに激しいと、それは不信感になってしまう。

私が恐れていたのは、自分の弱さそのものではなく、その二面性が誰かを傷つけたり、信頼を裏切ったりすることだったのだと気づいたのです。


信頼は「完璧さ」ではなく「一貫性」に宿る

私たちはつい、「信頼される人」=「清廉潔白で悪いところが一つもない人」だと思い込みがちです。 でも、人間である以上、ネガティブな感情を持ったり、怠けたくなる気持ちがあるのは当然ですよね。

心理学的な視点で見ても、自分の中の「影(シャドウ)」を完全に消し去ろうとすると、かえって心に歪みが生まれ、どこかで爆発してしまうと言われています。

大切なのは、「悪い部分を持っていてはいけない」と自分を責めることではありません。 「私にもズルいところはあるよね」と認めつつ、その「裏の顔」が暴走しないように、少しだけ手綱を握ってあげることではないでしょうか。

先ほどの店員さんへの態度の例で言えば、問題なのは「イライラしたこと」ではなく、「相手によって態度を極端に変えたこと」です。

誰にでも、どんな時でも、100点満点の態度をとることは不可能です。 でも、人前での態度が80点なら、誰も見ていない時も(せめて心の持ちようだけでも)40点くらいはキープする。

その「落差」を減らすことこそが「一貫性」となり、やがて周囲からの「信頼」へと変わっていくのだと思います。

「誰も見ていないから」と気を抜くのか。 「誰も見ていなくても、お天道様は見ているかも」と少し背筋を伸ばすのか。 その小さな積み重ねが、私たちの「人柄」を作っているのかもしれませんね。


明日からできる、裏表のギャップを埋める3つのステップ

聖人君子を目指すのはハードルが高いですが、自分の中のギャップを少し埋めるだけなら、今日からでもできそうな気がしませんか? 私自身が試してみて、心が少し軽くなった「信頼を育むための習慣」を3つ、シェアしますね。

  • ステップ1:自分の「ブラックな部分」をまず許す 「愚痴を言っちゃダメだ」「怠けちゃダメだ」という禁止令を一度解いてみてください。「今日は疲れたから、ちょっと毒吐いちゃおう!」と、自分の弱さを認めてあげる。自分で自分のガス抜きができるようになると、無意識に「裏の顔」が外に漏れ出すのを防げます。

  • ステップ2:誰も見ていない時こそ「小さな形」を整える トイレのスリッパを揃える、落ちているゴミを拾う、椅子を戻す。誰も見ていない場所での行動は、そのまま自信に繋がります。「誰も見ていないけど、私はやった」という事実は、あなた自身の自尊心を高め、表の顔にも自然な深みを与えてくれます。

  • ステップ3:「身近な人」への接し方を振り返る 家族や親友に対して、甘えから雑な態度をとっていませんか?「外の人には丁寧なのに、家族には不機嫌」というのは、一番よくある「裏表」です。今日、家に帰ったら、外で他人に接するのと同じくらいの丁寧さで「ただいま」と言ってみる。これが、裏表のない信頼関係を築く一番の近道です。


完璧じゃなくていい、人間らしい「誠実さ」を

私たちの中には、天使もいれば悪魔もいます。それでいいんです。

大切なのは、その悪魔を隠そうと必死に取り繕うことではなく、「まあ、そんな時もあるよね」となだめながら、人として恥ずかしくない行動を選ぼうとする姿勢です。

二宮尊徳にはなれなくても、昨日の自分より少しだけ、裏表の差を縮めることはできるはず。 そんな人間らしい誠実さを、一緒に育てていきませんか?

私も今日は、誰も見ていないけれど、脱いだ靴をきれいに揃えてから部屋に入ろうと思います。 そんな小さな積み重ねが、明日の私を少しだけ好きにさせてくれると信じて。

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