地図を持たないからこそ、見える景色がある
経験という名の地図。
実績という名のコンパス。
大人になると、私たちは自分の中に確かな「道しるべ」を増やしていきますよね。
それって迷わないためには便利なんですが、時々、目の前にいる人の「新しい道」を見る邪魔をしてしまうことってありませんか?
「俺の若い頃はこうだった」
「普通はこうするもんでしょ」
そんなふうに、つい経験則という色眼鏡で見てしまう。
でも、その眼鏡を外してみた時、初めて相手の「本来の色」が見えてくるのかもしれません。
今日は、ある先生との出会いから学んだ、経験がないからこそできる「相手の才能の伸ばし方」について、ちょっとお話しさせてください。
【体験談】未経験の監督が教えてくれた、逆転の発想
私の長男は、小中高と野球を続けているんですが、一番成長したなと感じたのは、意外にも中学生の時でした。
当時、野球部の顧問をしていた先生は、なんと野球未経験者。
「技術的なことは教えられないのに、大丈夫なのかな?」
正直、最初はそんなふうに心配したこともありました。
でも、先生とお話しする機会があって、その考え方を聞いた時にハッとさせられたんです。
「私は野球をやってこなかったので、自分の経験をもとにした指導はできません。
でも逆に言うと、自分のやり方を生徒に押し付けるようなこともしません。
経験というフィルターがない分、生徒一人ひとりと真っ白な状態で向き合って、その子に合った方法を、私自身が勉強させてもらっているんですよ」
先生はそう言って笑っていました。
その言葉通り、先生は生徒たちの動きを誰よりもよく観察して、それぞれの体格や性格に合った練習を一緒に考えてくれていたんです。
「自分の色で塗りつぶさない」ということ。
それこそが、子供たちの多様な芽を伸ばす「才能を育てる才能」だったんだな、と気づかされました。
「知らない」ことは、相手へのリスペクトになる
職場や家庭で「教える立場」になると、つい「正解を示さなきゃ」って力が入っちゃいますよね。
特に自分が得意な分野だと、「こうすればうまくいくよ」って、自分の成功パターンを相手に当てはめようとしがちです。
でも、その親切心が、相手にとっては「窮屈な型」になってしまうこともあるみたいです。
心理学でも「ビギナーズマインド(初心)」なんて言葉がありますが、知識がない状態の方が、先入観にとらわれず、物事をありのままに見ることができると言われています。
「私はあなたのことを、まだ何も知らない」
そうやって謙虚に認めることは、相手への無関心なんかじゃなく、相手を知ろうとする最高のリスペクトなのかもしれません。
経験の眼鏡を外して、「観察」するために
専門家ではないですが、私も会社で部下を持つ身として、先生の教えをヒントに「これやってみようかな」と思ったことを3つ、挙げてみますね。
ステップ1:「私の時は…」を、一度飲み込んでみる
相談を受けた時、アドバイスの冒頭に「私の若い頃はね」とか「普通はね」って言葉が出そうになったら、それをグッと飲み込んでみます。代わりに「今の状況では、どうするのが良さそう?」って聞いてみる。過去の正解じゃなく、今の相手にフォーカスするための、小さなブレーキです。
ステップ2:結果だけじゃなく、「理由」を聞いてみる
部下や子供が自分の想定と違うやり方をした時、すぐに「それは違う」って修正するんじゃなくて、「なんでその方法を選んだの?」って聞いてみるのはどうでしょう。もしかすると、私の経験の中にはない、彼らなりの合理的な理由や、新しい発見が隠れているかもしれませんよ。
ステップ3:相手の「取扱説明書」を、白紙から作ってみる
「この人はこういうタイプだ」って決めつけず、真っ白なノートに一から書き込むつもりで観察してみる。「褒めると伸びるタイプかな?」「理屈っぽい方が好きかな?」って、一人ひとりに合った接し方を探求するんです。少し手間はかかりますが、パズルがハマった時の嬉しさはひとしおだと思います。
まとめ:教えるって、共に学ぶこと
経験豊富なベテランよりも、未経験の新人が相手の心を開くことがある。
それはきっと、「教えてあげる」という上下の関係じゃなく、「一緒に考えよう」という横並びの姿勢が伝わるからなんですよね。
もし今、あなたが部下や子供への指導で「伝わらないなぁ」と悩んでいるなら。
一度、あなたの素晴らしい経験という荷物を横に置いて、手ぶらで相手の前に立ってみてください。
そこにはきっと、今まで見えなかった新しい成長の芽が見つかるはずです。
私も、職場で部下と話す時は、あの先生の笑顔を思い出して、「教えてやる」じゃなく「教えてもらう」つもりで向き合ってみたいと思います。



コメント